松原神社境内(松原稲荷神社周辺)整備工事

 松原神社境内の整備工事を行っております。

 工事に先立つ5月17日夜、恵比須さまと兵主部像に仮殿(松原稲荷神社)にお遷り戴き、また工事開始の20日朝には工事関係者も参列して清祓を執り行い、工事の無事進行を祈りました。

「猿田彦社」(松原稲荷神社)は、その創祀の時期は未詳ながら、松原神社のご鎮座以前からこの地の地主の神「猿田彦社」としてお祀りされ、特に昭和49年に旧佐賀城内二の丸にご鎮座の「竹ノ森稲荷神社」のご分霊をお迎えしてからは、開運・道ひらき・商売繁盛の守り神、通称「松原稲荷神社」として広く皆さまの崇敬を集めております。

 この松原稲荷神社の周辺には近年、「松原恵比須社」「松原河童社」「佐嘉荒神社」「松原梛木社」を新たにお祀りし、また様々な施設を設けて参りましたが、令和4年に松原神社ご鎮座250年の節目を迎え、今一度原点に立ち返り、佐賀の守り神さま「日峯さん」の本来あるべき境内に復すべく、下記のとおり整備を実施することとなりました。

 崇敬者の皆さまには何卒趣旨ご賢察下さいます様お願い申し上げます。

①松原稲荷神社社務所(お札所)解体

 平成以降に増設した社務所を解体・撤去し、松原川河畔の景観を復旧します。

②松原恵比須社覆屋等解体

 現在の松原恵比須社の建物を解体し、佐賀の街角の恵比須さまと同様に、より親しみやすく近くからお参りいただけるようにします。

③兵主部像(河童像)の松原神社神門への移設

 兵主部像は松原神社ご創建当初から神門の上に掲げられ、この門を潜ると水難に遭わないという信仰で広く知られておりましたが、戦後、盗難や毀損からの保護のため止むなく神門から降ろされ、近年は松原稲荷神社の一角に松原河童社を設け安置して参りました。佐賀の古くからの伝承・信仰を守り伝えるべく、この像を本来あるべき神門上に戻します(移設までの間は松原稲荷神社に仮安置しております)。

④藤棚周辺・松原川河畔の整備

※佐嘉荒神社・松原梛木社をはじめ境内各所の整備も逐次進めて参ります。

以上

鍋島勝茂命頌徳祭を斎行しました

 松原神社にお祀りする佐賀藩初代藩主鍋島勝茂公(泰盛院様)の御命日にあたる5月7日、ゆかりの方々のご参列のもと、ご遺徳を偲ぶ頌徳祭を斎行しました。

 鍋島勝茂公は父である藩祖鍋島直茂公(松原神社ご祭神 日峯(にっぽう)様)と共に佐賀藩の基を築かれ、明暦3年(1657)3月24日(新暦5月7日)に逝去されました。

龍造寺隆信命頌徳祭

 松原神社ご祭神の一柱で、「五州二島の大守」・「肥前の熊」と謳われた戦国大名龍造寺(りゅうぞうじ)隆信(たかのぶ)公(深恭明神様)は、天正12年(1584)3月24日(新暦5月4日)、沖田畷(島原市)の戦いで戦死を遂げられました。

 御命日にあたる5月4日、その無双の武勇とご遺徳を偲び、宮司以下祭員が奉仕して「頌徳祭」を厳粛に斎行しました。

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